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株式会社一休庵
(滋賀県犬上郡)
上川さん 一休庵は1979年(昭和54年)設立。滋賀、京都で和食や居酒屋などの飲食店を経営している。
一休庵の従業員数は、社員30名、パート・アルバイト約150名(令和4年11月現在)。
今回は、代表取締役の上川悟史さんからお話を伺った。
勤務地の異なる社員同士の横のつながりを強化するため、誕生日会や研修、ファミリー制度など、人が集まる機会を意図的に作っている
まず、メンタルヘルス対策を含む健康経営の取組みをはじめたきっかけと取組内容についてお話を伺った。
「当社は飲食店を経営していますので、従業員全員が1つの建物の中で働いているという環境ではなく、勤務地がバラバラです。そのため、どうしても経営側と店舗との間で距離ができやすく、従業員も孤独になりがちです。私は2008(平成20)年に創業者より代表を引き継いだのですが、その頃は孤立した状態になっている店が多くあり、店舗と経営側との関係がぎくしゃくしていると感じていましたし、業績も悪化していました。そこで、代表就任当初から、私の一番の経営課題は、“人を大事にする”、“従業員全員が同じ目標に向かって一丸となってやっていく会社を作る”ことでした。」
「まず、人が集まる機会を意識的に作りました。例えば、毎月誕生日会を開催し、その月の誕生日の社員と私でどこかの店舗に行って、食事しながらざっくばらんに話しています。そうした場では、仕事の話もしますが、プライベートの話などもでてきて、社員の様々な様子を聴くことができています。」 「また、“ファミリー制度”というものを作りました。1店舗に配属する社員は2~3人なので、店長、料理長、若手という構成になることが多く、社員の間の年齢の幅がどうしても広くなってしまいます。それだと店舗の中で相談できる人が限られてしまうので、店舗を超えた横のつながりを作ろうということではじめた取組みです。店舗の異なる社員から4~5人ずつ、“お父さん役”、“お母さん役”、“娘役”、“息子役”など、イメージを膨らませてメンバーの組み合わせの案を作り、店舗の運営に差し支えないよう微調整して、決めました。1人当たり年間2万円の予算を支給して、“ファミリー”で飲みに行ったり、温泉に行ったり、自由に使えるようにしています。直属の上司には相談できないことなどを話せるような、仕事とは離れた人間関係を作ってもらえたらと考えています。」 【写真1】社内木鶏会の様子 「2019年12月からは、 “社内木鶏(もっけい)会”という研修を月1回行っています(【写真1】参照)。人間学について学ぶ月刊誌の中から課題記事を決め、読んだ感想を4人くらいのグループでシェアして、代表者が発表するという流れです。さらに、日常の中での行動を褒め合う時間を15分ほど必ず設けています。互いに感想を共有したり行動を褒め合ったりすることで社員自身の気づきが深まっているように思います。開催場所は、店舗を順番にまわる形で設定しています。違う店舗にいくとその店舗の様子が自然と見えてきますので、そこからいろいろなアイディアが出てくることもあります。」 「そうした横のつながりを強化する取組みを約10年間続けてきて、成果が上がっていることを実感しています。例えば、ある店舗で人が足りない時、以前は互いに助け合うことができていなかったのですが、今は、社員自ら『行くよ、行くよ』と言ってくれるようになってきました。また、ある店舗の課題を、別の店舗の視点からアドバイスし合うなどの活動も行うようになりました。社内のより良い関係の構築が業績にも現れてきました。」コロナ禍で飲食業界全体が大きなダメージを受ける中、利益よりも社員を孤立させないことを優先し、営業の継続、SNSグループの作成などを通じてコミュニケーションを取り続けた
次に、コロナ禍での職場のメンタルヘルス対策についてお話を伺った。
「コロナ禍となり、そうした横のつながりを強化する取組みをすべてストップせざるを得なくなってしまいました。店舗に従業員が出勤できないという状況になってしまったため、一人ひとりが孤独を感じ、精神的に皆が下を向いている状態でした。業界的にも売上は大きく減少し、これからどうなってしまうんだろうという不安が、私を含めて皆にあったと思います。」
「そうした状況をなんとか打開したい、直接会えないなら別の方法でコミュニケーションをとろうと考え、SNSを使ってコミュニケーションをとる仕組みを作りました。店舗ごと、店長ごと、料理長ごと、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)専用、頑張った人を褒める専用、など様々な目的のSNSグループを作って、頻繁に情報交換するようにしました。『あなた一人じゃないよ、みんないるよ』という環境を作りたいという思いからはじめることにしました。」 「“頑張った人を褒めるSNSグループ”では、例えば、少し早く出社して掃除してくれた人がいたときに、それを見ていた人が“〇〇さん頑張ってくれました”と写真を添えて送るといったものです。ちょっとしたことでも、皆さん報告しています。私自身も、店長が提出した日報の中に“〇〇さんが急遽シフトに入ってくれて助かりました”などのコメントがあれば、そのことを共有したり、お店へのアンケートに店員の名前が出ていたらそれを共有したり、積極的にメッセージを送っています。」 「コロナ禍でも、最初の緊急事態宣言以外の期間は、当社では店舗営業を続けました。補助金や雇用調整助成金などがありましたので、お店を閉めた方が会社のキャッシュフローはよかったと思います。でも、そうしてしまうと社員がやる気を失ってしまうのではないかと思っていました。売上がなくても、とにかくお店に出てきて、『今、お客様にどんなことをしたら喜んでもらえるのか』を一緒に考えようと。『結果として、お客様も売上もゼロだったとしても、周りで見てくれている人がいる。だから、動けるようになったら“あそこ、頑張っとったしな”と言って、お店に来てくれるようになる、そこまで頑張ろう』と言いながら、社員とコミュニケーションを取り続けてきました。だからこそ、今、お客様が普通に来てくれることの喜びを、社員たちも感じてくれていると思います。」コロナ禍での様々な挑戦と失敗があったからこそ、お客様がお店にきてくれることの幸せを実感でき、お客様のためにできることを積極的に考える機運につながっている
最後に、今後の展望についてお話を伺った。
「当社の事業の柱は2つあったのですが、そのうちの1つである観光事業(大型バスで観光に来られた団体客へ食事やお土産の提供をする事業)は、今年(2022年)の1月末で撤退することを決めました。それまでは、コロナが収束したら復活できるはずだと信じ、なんとか維持してきたのですが、この事業の赤字が非常に大きく、経営を圧迫していたため、会社全体のことを考えて決断しました。現在は、もう1つの事業である、地元のお客様を中心としたお店作りに注力しています。今期は3年ぶりに通年で黒字を確保できる見込みです。」
「大きな事業を撤退することになったので、社員は非常に不安だったと思います。今年(2022年)2月に全社員を集めて新しいビジョンを発表する予定だったのですが、コロナ感染が再び増加したタイミングと重なってしまったため、開催は見送り、代わりにSNSグループを通じて私から今後のビジョンを2週間毎日発信しました。社員の中には、『最後まで付き合います!』と宣言してくれた方もいて、励みになりました。」 「コロナ禍による影響は非常に大きく、大変なこともたくさんありましたし、今もまだ終息はしていません。そのような中でもこの期間を通じて様々な挑戦をしました。そして、そのほとんどは失敗しました。ただ、そうした経験を通じて無駄なことがそぎ落とされ、社員も精神的に強くなっていることを感じています。将来的な可能性は、以前よりも今の方が感じられています。」 「例えば、お客様が来られないなら私たちから行こうと考えて、フードカー事業に挑戦しました。フードカーを借り、専用メニューを開発し、いつどこのエリアに行くのかをSNSで発信したり、注文フォームを作ったり、という挑戦をしたのですが、結局知り合いしか注文してくれませんでした…。テイクアウト事業に挑戦したこともありました。こちらもほとんど反響がなく、在庫がどんどん溜まるという状況に陥ってしまいました…。そうした失敗の経験をしたからこそ、やはり、お客さんにはお店に来てもらえることが幸せやね、というところに、今たどり着いたと思います。最近では、『来てくれるお客様のために何ができるか』ということをもっともっと深めていこうという議論になっています。」 「私の理想としている組織の形が、ジグソーパズルのような組織です。僕ら一人ひとりは、ジグソーパズルのピースのように、とがっている部分もあればへこんでいる部分もあり、一つひとつはいびつな形だと思うんです。それが、社員30人、パート・アルバイトも含めて200人が集まった時に、うまいこと重なり合って、どこにもないこの上なく綺麗な景色が作り出せる、というのが理想です。『へこんでいるからあかん』ということではなくて、その人のへこんでいる部分を見つけたら、自分のとがっている部分で埋めてあげてほしいという話をしています。最近では、SNSが得意な社員が、SNSが苦手な社員の多い店舗を助けているといったことがすごくありがたいと感じています。自分の得意分野を他のお店にも活かしていける、そんな組織を今後も作っていきたいと考えています。」【ポイント】
- ①勤務地の異なる社員同士の横のつながりを強化するため、誕生日会や研修、ファミリー制度など、人が集まる機会を意図的に作っている。
- ②コロナ禍で飲食業界全体が大きなダメージを受ける中、利益よりも社員を孤立させないことを優先し、営業の継続、SNSグループの作成などを通じてコミュニケーションを取り続けた。
- ③コロナ禍での様々な挑戦と失敗があったからこそ、組織として大事にしていきたいことは何かを積極的に考える機運につながっている。
【取材協力】株式会社一休庵
(2022年11月掲載)
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